高松高等裁判所 昭和29年(う)523号 判決
先ず職権を以つて調査するに、本件控訴趣意書は当審における当初の弁護人であつたAより提出されたものであるが、同弁護人は昭和二十九年十月二十五日被告人の弁護人たる地位を辞任すると同時に自己提出にかかる前記控訴趣意書を撤回する旨の届書を当裁判所に提出した。よつて右控訴趣意書は右撤回する旨の申出により撤回としての効力を発生し初めから控訴趣意書の提出がなかつたものとなるかどうかにつき考えるに、刑事訴訟法第三百七十六条には控訴申立人は裁判所の規則で定める期間内に控訴趣意書を控訴裁判所に差し出さなければならない旨規定せられ、右期間内に控訴趣意書を差し出さないときは控訴裁判所は決定でその控訴を棄却しなければならないことになることは同法第三百八十六条第一項第一号の明定するところである。而して当裁判所が本件につき控訴趣意書を差し出すべき最終期日として指定した期日は昭和二十九年八月二十日であるから、若し右撤回の申出が撤回として遡及効を発生するものとするならば遂に控訴趣意書提出期間内にその提出がなかつたことに帰し控訴棄却の裁判を免れない事態が発生するのである。従つて若し右撤回が被告人の発意によるか被告人の同意又は承諾の下に行われたのであるならば或はこれに遡及効が認め得られる場合もあるであろうけれども、被告人にとつてかように重大な影響を来たすべき撤回が被告人不知の間にその同意も承諾もなくして弁護人のみの恣意によつて有効に行われ得るものとは到底解し得ないところである。然るに本件撤回届には被告人の同意又は承諾の記載もないしこれを認め得べき資料の添附もないので被告人の同意又は承諾を得た上で行われたものとは認められず撤回としての効力を認める訳には行かないから控訴趣意書として一旦発生した効果は依然存続しているものと言わなければならない。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 渡辺進)